鹿児島県中社研

鹿児島県の中学校社会科教員による自主団体のブログです。

   夜明けの桜島

2016年度研究主題

  2016年度鹿児島県中社研研究主題とその考察
                                                                               
│地域を見つめ,未来を生きる市民を育てる社会科教育                              │

はじめに
 鹿児島県中学校社会科教育研究会(以下、鹿児島県中社研)は、前回の九州大会において「地域を見つめ,未来を生きる市民を育てる社会科教育」をテーマとして掲げた。
 現代の社会でおきているさまざまな問題は、そのまま、私たちの生きている鹿児島の問題でもある。その中で鹿児島県中社研は、地域を学習対象として、地域の歴史や地域の課題を深く学ぶことが、子どもたちの社会認識の形成と市民的資質の育成にとって重要な役割を果たすのではないかと考え、実践と研究を進めてきた。
 その意義は先の九州大会において、研究内容・研究方法ともに高い評価を得られたものと考えている。
 九州大会が行われた2011年は東日本大震災東電福島原発事故が起きた年であり、本研究にも多くの課題が投げかけられた。市民の命と安全を守る教育は、まさに地域の実態に根ざし、地域の市民の参加のもとに行われるべきものであることが甚大な被害をもとに確認された。その地域に生きる社会科教師が、その地域に住む子ども達に、その地域の地理・歴史・公民をどのように教えてきたのか、どのように教えるべきであったかを問題提起しているものと考えている。また、地域の住民どうしの連帯が、あるいは地域を超えた市民・自治体の連携がいかに多くの人々を助け勇気づけたかは記憶に新しいところでもある。しかし、その後の3年間という時間の中で起きている「震災復興の遅れ」「原発再稼働への動き」等の事実は私たち社会科教師にとって重大な問題提起となっていると言って良い。私たち鹿児島県中社研はそのような状況をふまえ、「地域を見つめ,未来を生きる市民を育てる社会科教育」というテーマの重要性を再確認し、現在の課題は何なのかを常に意識しつつ研究を継続していくべきではないかと考えている。
 
1.なぜ地域か
(1)  研究の歩み
 近年の鹿児島県中社研の県大会の授業のほとんどは地域を素材として扱った授業実践であった。社会科教師が地域とつながり、地域を知ることが最も重要であるという視点から、県大会の講演で地域について学習し、フィールドワークを行ったりもしてきた。
 また、生徒達に多様な地域の歴史を多角的に、しかも見やすくわかりやすくの目的のもと発行した「資料で語る鹿児島県の歴史」は現在第3版と版を重ねている。実売部数は思うように伸びていないが、県内各地において「地域を見つめる」様々な授業実践に用いられているのではないかと考えている。これまでの地域を素材とした各研究会における授業の成果として、「身近な問題なので、切実感が高かった。」「地元素材や人材を活用したので、生徒が興味関心を持って取り組み、思考や理解、意識や意欲が高まった。」「話し合い活動や調査活動など、その場に直接行ったり、共同が盛んに行われたりした。」「地域を学ぶことを通して、日本や世界に目を向けられた。」などの意見が報告された。しかし、「社会とどのように関わっていくかという社会参加まで見通した視点や工夫」や「ミクロ(生活)レベルからマクロ(制度・システム・ルール)レベルを考えさせる必要性」、「提案などオープンエンドで終わってしまい、振り返ってより理解や思考を深め、社会参加をさせることがなかった」という課題も指摘されていた。
 つまり、地域を素材に社会認識を高める授業実践は行われてきたが、その知識や思考力などを生かして、社会参加まで考えた実践は少なかったのではないかと考えている。そこで、鹿児島県中社研では、地域素材から社会認識を育成するにとどまらず、社会参加までを見すえた授業実践の研究を進めてきた。
(2) 社会科教育における本県研究主題の位置づけ
 新学習指導要領(2012年度全面実施)のもと、地理的分野・歴史的分野・公民的分野のそれぞれにおいて、地域学習が重点として扱われるようになった。
 しかし、これまでの社会科教育の実践において地域の学習は「教科書を中心とする学習」において生徒たちの興味・関心を高め技能を身につけるための導入あるいは補足という位置づけが主であった。
 社会科教育における「社会参加」の役割を重要視する唐木清志は「社会科で取り上げる課題は、教科書の中ではなく、地域社会の中に存在する。そのような認識を深めるためには、まず教員が自ら地域社会へ足を運び、地域社会を知り、地域社会の課題を追求していく必要がある。」(『子どもの社会参加と社会科教育』東洋館出版社、2008年11月)と述べている。
 そこで鹿児島県中社研では、地域の課題や特色などと向き合うことで、「今、地域はどういう状況下にあり、どのような課題があるか」「地域の課題を解決するためにはどうしたらよいか」など、地域を見つめ、地域の課題を主たるテーマにして学習を積み重ねることで未来を生きる市民が育成できるのではないかと考えた。生徒や教師が、その場所へ行って調べたり、実物に触ったり、関わっている人にインタビューをしたりするなど、本物から直接に学ぶことができ、より具体的・実感的に学ぶことも可能である。そうすることで、生徒は自分のこととして学ぶことができ、地域の一員として共感的に学ぶことができるようになると考える。つまり地域で学ぶことによって、生徒に切実感が生まれ,今後自らの属する地域社会に積極的に参加し、地域の課題解決に積極的に関わるようになるのではないかと考えている。
 
(3) 鹿児島県中社研の考える地域とは
 鹿児島県中社研としては、鹿児島県から授業の素材を選ぶことにしたい。そして、教材研究を深める中で、学習対象とする課題によって対象とする地域の範囲は変わってくると考えている。そうすることで、地域そのものを深める学びになったり、地域から県外や日本全体、世界とつながる学びに広がったりするなど、地域を学ぶことは多様な広がりを生んでいくと考える。その中で大切なことは、2013年度県大会の研究協議において指摘があったように、授業者が今どのような範囲で学ばせているかを把握・意識して、授業を進めていくことであると考えている。例えば、地理的分野においては自然・気候などの地理的事象を学ぶために「身近な地域」ということで校区内を学び、公民的分野においては法・制度・組織に関わる「地方自治」を学ぶために市町村単位で学ぶ、というようにその学習の目的でその対象範囲を設定するということを忘れてはならない。

2.未来を生きる市民とは
(1) 子どもたちを取り巻く状況
 近年、少子高齢化にともなう過疎化が進み、市町村合併や学校の統廃合などにより、従来の人と人とのつながりが希薄になってきていると言われている。
 そのため、将来自分の住んでいる地域で生活しようと考えている生徒も少なくなってきており、必然的に地域が抱えている諸問題に対し、自分のこととして地域のことを考えられない生徒が増えてきていると言える。
 これまでの研究授業においても、地域の活性化策として「テーマパークを建設したらいい」など決して地域の実態に即したとはいえない短絡的な意見が出てくることが多かったのは自らが住む地域の特色や特長を知らない生徒が増え、地域に誇りや愛着がもてていない実態があるのではないかと考えている。
 その一方で、地域のボランティア活動や祭りなどに参加している子どもたちも存在している。が、どちらかというと積極的に参加しているのは、限られた子どもたちであり、興味のある活動のみに参加したり、大人にさせられているという意識で参加していたりと受け身的な意識をもっているのが実態ではないかと考えている。

(2) 鹿児島県中社研が考える未来を生きる市民とは
 子どもたちや教師が地域を見つめ、その課題から社会科授業を展開することで、子どもたちは地域を深く知り、未来について考え続けることができるのではないか。そうすれば、子どもたちも地域に愛着や誇りを持ち、積極的に社会参加していくのではないかと考えている。
 鹿児島県中社研では、これまでいくつもの授業実践を行ってきた。例えば「地域にコンビニエンスストアを作るとしたらどういう店にしたいか」「大型ショッピングセンター進出から、地元商店街のことを考えよう」「市の実態をふまえて行政の進めているプランを検討してみよう」という授業である。子どもたちが実際に住んでいる地域が学習対象であるため、興味・関心を持つ生徒が多く、切実感を持って考えさせることができたと考えている。さらに、「喜界島の特色から活性化案を考え、役場に提案する」「霧島市をスマートシティにするにはどうしたら良いか」などの実践は、子どもたちの生き生きとした活動を引き出し、市役所・役場からも積極的な支援、評価をもらうことができた。    
 このような優れた先行実践をもとにさらに研究を深めるためにはどのようなものを付け加えればよいか、生徒が主体的に社会参加するには、どのような手だてが必要かを考え、先の九州大会での成果をふまえてさらに研究を進めている。 
 鹿児島県中社研の考える「未来を生きる市民」とは、自ら地域の実態やさまざまな問題・課題を把握し、多面的・多角的な見方・考え方を持つことができる市民である。そして、よりよい地域の未来を築くために何が必要で、どのような行動をとっていくのか考え続け、主体的に判断し、地域社会の一員として、自ら社会に参加できるような市民のことであると考えている。

 以上の理由から鹿児島県中社研は、研究主題を「地域を見つめ、未来を生きる市民を育てる社会科教育」に設定し、地理、歴史、公民それぞれの分野で研究を進めてきた。

3. 研究を進めるにあたって
(1) 基本的な考え方
 鹿児島県中社研は基本的に「教材研究の延長に学習方法がある。つまり、教材研究をより深めることで、内容にあった学習方法を選択していくということである。」ととらえている。つまり内容と方法のバランスの取れた授業実践をすることで、社会科という教科が本来持っている「総合的な学び」を大切にしたいと考えているためである。近年、各地で公開されている授業実践が「討論」「言語活動」などの教育方法を重視するあまり、肝腎の教育内容がおろそかになっているのではないかという問題提起も含んでいる。
 方法論においては「生徒が主体的に参加する場面」と「生徒相互が共同して活動すること」が大切だと考え、「個」と「集団」「全体」を有機的につなげていく授業形態を追求していきたいと考えている。2013年度のウィンターセミナーにおいては「学びの共同体」
を意識した社会科の授業の実践報告とそれにともなう研究協議も行われ「学びのありかたそのものを考える」取り組みについても鹿児島県中社研はこれまで継続して取り組んできている。
 先の九州大会から「社会参加」をめざす授業方法のありかたが研究の大きな柱として加わった。ここでいう社会参加とは、地域を見つめ、地域をよりよくしていくため、今自分にできることを考え続け、行動につなげていくことである。その一つには、地域に誇りや愛着を持ったり、地域をよくしたいという提案をしたりすることである。また、身近な地域の歴史的事象への認識を深めて受け継いだり、さらにそれを再構築したりすることでもある。また、実際にボランティア活動に参加したり、問題の解決を直接役所などに訴えたり、問題を市民に知ってもらう活動をしたりすることである。つまり社会参加の在り方は、多岐に渡り、学習課題や内容によっても変わってくるものであると考えられる。        
 また、社会参加の在り方は、これまでの様々な学びや経験で得た思考力や判断力、技能や表現、知識をもとにしているので、生徒の発達段階や社会科におけるそれぞれの分野の特性を考慮しながら学習過程を編成すべきである。そのためには、「中1の地理では」「中2の歴史では」「中3の公民では」それぞれどのような社会参加が可能かという目標の検討が必要である。また、生徒の参加形態としては、生徒の全員参加が望ましいといえるが、学校規模等によっては、その位置づけや参加のあり方を柔軟に対応していくべきであると考えている。
   
 地理的分野では、身近な地域の調査に重点をおいて、研究実践を進めている。地域は概ね校区域である。校区域であれば、地域調査等の直接体験が可能であり、地域住民の一員として思考を促しやすい。但し、取り扱う地域の事象や課題の特質に応じて、考察する地域のスケールを柔軟に設定している。身近な地域における切実な課題を追究することで、地域性や課題の構造を十分に認識させたい。そして、地図活用を中核とする地理的技能を活用し、社会参加を志向した授業実践の研究を進めている。
   
 歴史的分野では、「地域史づくり」を社会参加の中心に据えて研究を進めている。遠い地域の遠い過去を学んでいるという意識の強い歴史の授業にあって、自分の住んでいる地域を学習すること自体が生徒にとって身近で切実であると考える。市民にとって「歴史に参加する」対象は多くの場合、国家ではなく地域であることを考えると重要な視点ではないかと考えている。また、身近な史跡や資料館あるいは研究者を訪ねるという体験活動も地域史学習ならではの方法であり、課題の設定により生徒自身が地域史を探究する活動へとつなげることも十分可能である。教材内容が未だ確定していない地域史学習においては、教師とともに探求活動を行うこと自体も「地域史づくり」という社会参加と考えている。
   
 公民的分野では、これまでの慈善的な志向性(支援を必要とする人への関わりや募金や物資の提供などの利他主義的なもの)に加え、変革への志向性を念頭に置き、研究を進めている。それは、社会問題への批判的な分析や問題解決の議論に集団で応じ、市民行動としての民主的な政治プロセスや効率的な経済活動のプロセスに生徒が直接関わることのできるような、変革のための参加を伴うものである。そこには、問題の深刻さを他者に知ってもらう活動や問題の解決を直接的に行政や利害関係者に訴える活動が伴うと考えている。

(2) 未来を生きる市民を育成するための教材と学習方法と学習過程の工夫
 未来を生きる市民の育成として,教材は鹿児島県から選ぶことにしている。地域の実態や課題と向き合い,地域を見つめ直すことで,社会に参加できるような資質の育成に必要な教材を選定し,活用していくことが大事ではないかと考えた。特に地域の疲弊や格差社会などの社会状況と未来を担う中学生の状況を考えたとき,今未来を生きる市民の資質育成には,地域の実態や課題などから社会の構造の見方や判断の仕方を考えさせ,主権者として社会とかかわっていく行動を実践させていくような教材が大切だと考える。このような教材を活用した社会科授業を通して,子どもたちは市民としてどのような意思決定をし,どのような行動をとれるようになるかの資質が培われると考える。
 また、地域社会を作るということは、身近な者同士で公共の場を作り出す作業でもある。個別の意見をどのように全体で共有化していくか」は地域学習においては必要不可欠な作業であるといえる。そして、子どもたち同士のつながりを大切にする「学びの共同」を通して、未来を生きる市民を育成していくことが求められている。
 そこで、学習方法の工夫については、これまでの視点と姿勢を変えず、「参加と共同」を重視し、コミュニケーション能力を育成する学習活動を展開し、研究を進めていく。
 学習過程の工夫については、学習過程の中で振り返りをくり返すことで、生徒の知識や理解、思考判断などが深まり、提案参加がより深化・発展していくと考えられる。そこで、必要ならば随時振り返りを学習過程に取り入れ研究を進めていく。

おわりに
 2005年度の九州大会の研究テーマにあった「多文化共生社会」「人権尊重社会」「高度情報化社会」の3つのキーワードはまだまだ新鮮である。というよりは複雑性を加味しながらさらに加速しつつあると言ってよい。2011年度の九州大会はその3つのキーワードを意識しながらの「地域」「社会参加」であったと考えている。鹿児島県中社研の大きな特徴は「多様性」と「継続性」にある。多様な考え、立場の社会科教師たちが意見をぶつけあいながら意見を練り上げながらより良いものを追求していこうとする。そして、これまでを振り返りながら、何を引き継ぎ、何を加えれば良いかを考える。この研究姿勢を今年も維持していければと考えている。そして、それは私たちだけでなく、まさに子ども達が身につけるべき社会認識であり、市民的資質ではないだろうか。
 
             2016年度の研究について

 今年度は11月18日金曜日に霧島市立陵南中学校において池田圭一教諭から3年公民的分野経済領域において『これからの経済と社会~「水俣病問題」を通して考える』というテーマで研究授業を提供していただく予定である。なお、11月11日金曜日には佐世保市を会場に開かれる九州中社研長崎大会においては鹿児島市立伊敷台中学校の大野佳子教諭が、2014年度県大会の授業「アフリカとつながる~ブルキナファソと私たち~」の内容をもとに地理的分野で研究発表を行い、授業内容・授業方法双方の視点から高い評価を得ることができた。このことは、鹿児島県中社研のこれまでの地道で着実な研究の歩みを評価してもらえたものと考えている。
 学習会は、夏の夏季学習会と冬のウィンターセミナーを企画している。夏季学習会においては鹿児島大学佐藤宏之先生が「歴史を叙述するということーフィクションとノンフィクションー」というテーマで講演をしていただいた。近世の「お家騒動」を専門とする佐藤氏であるが、現在は「史料を災害から守る」取り組みも進めており、熊本地震においても熊本城をはじめとする史跡・史料の維持・保存に奔走されている。また、かつてはNHK大河ドラマ時代考証を担当した事もあり、歴史をめぐる様々な課題を考えるきっかけをいただいたと考えている。ウィンターセミナーにおいては実践に特化した形の学習会として2013年度から開始しているが、充実した問題提起が続き好評を博しており、今年度も現場の要請に応えた意欲的な授業実践が紹介できるものと期待している。
 
 以上の研究活動の成果が、鹿児島県中社研会員の財産となり、日々向き合う生徒たちの社会認識と市民的資質の育成へとつながることを期待して本年度の研究を進めていきたいと考えている。
 

<参考文献>
鹿児島県中学校社会科教育研究会編「社会科教育研究紀要2014第52号」2015年3月
大野順子『地域社会を活用した市民的資質・シチズンシップを育むための教育改革―地域の抱える諸問題へ関わることの教育的意義―』桃山学院大学総合研究所紀要31(2), 99-119、2005年12月
谷川彰英「公民的資質」日本社会科教育学会編『社会科教育事典』ぎょうせい2000年10月
谷川彰英監修『市民教育への改革』東京書籍、2010年5月
中西新太郎『若者たちに何が起こっているのか』花伝社、2007年7月
唐木清志『子どもの社会参加と社会科教育』東洋館出版社、2008年11月
小山直樹『社会科概念探求学習の発展(2)―「地域」認識指導を中心に―』鳥取大学教育地域科学部紀要 教育・人文科学第4巻第2号、2003年
戸田善治『シティズンシップ・エデュケーション論の社会科教育学的検討―「シティズンシップ」概念の再検討を通して―』全国社会科教育学会第54回全国研究大会シンポジウム、2005年10月
唐木清志『アメリカ公民教育におけるサービス・ラーニング』東信堂、2010年2月15日
唐木清志・西村公孝・藤原孝章著『社会参画と社会科教育の創造』2010年10月25日
『第31回九州中社研鹿児島大会研究主題<基調提案>』1999年
『第37回九州中社研鹿児島大会研究主題<基調提案>』2005年